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岐阜地方裁判所 昭和52年(行ウ)13号 判決 1980年2月25日

原告

江口義明

外二名

右原告ら三名訴訟代理人

小出良熙

戸野部勝司

被告

水資源開発公団

右代表者総裁

山本三郎

右指定代理人

松村利教

外四名

主文

一  原告らの本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

<前略>

ところで、本訴は、徳山ダム建設により原告らがその主張する環境権、人格権、財産権を侵害されるとし、右ダム建設に関し、水特法八条違反、憲法二九条違反ないしは前記の諸権利の侵害それ自体を違法として、行政庁たる被告に対し、いわゆる無名抗告訴訟として、徳山ダム建設事業の差止めを求めるものであることは、原告らの主張自体に徴して明らかである。右ダム建設事業が行政事件訴訟法三条二項にいう公権力の行使に当たる行為といえるか、どうかについてはしばらく措き、かように、行政庁に対し、一定の不作為を求める給付訴訟は、裁判所に対し行政庁に代つて不作為処分を求める結果となるから三権分立の原則に反し、原則的には許されないといわなければならない。ただ、行政庁が将来行なうこと明白確実な処分について、行政庁の第一次的判断権を侵害せず、当該差止を認めないと、回復しがたい損害が生じる恐れがあり、かつ、原告の損害につき、他に適切な救済方法もないときは、かかる訴訟も認められる場合があり得ると解するのを相当とする。しかして、原告らは、徳山ダムの建設により、いわゆる環境権、人格権、財産権を侵害され、回復しがたい損害を被ると主張するので、以下右各侵害の有無につき判断する。

まず、原告ら主張の環境権についてであるが、環境権なるものは、未だ実定法上の規定によつて認められた権利でないことはいうまでもない。のみならず、本件において、原告らの主張する一定地域の自然環境破壊の内容自体を検討しても、地域住民としてその侵害の差止めを請求し得る住民自身の具体的な権利としてこれを承認すべき何らの根拠も見出し得ない。原告らは、環境権の根拠として環境侵害につき、るる述べているが、当裁判所はこれを採用しない。したがつて、原告らの環境権の侵害ないし環境破壊自体の侵害を理由とするその主張の如き回復しがたい損害があるとは認められない。

また、原告らは、徳山ダムの建設により、人格権を侵害されるというが、右ダムの建設により、原告らの生命、身体の侵害その他健康上の被害を被ることなどについては、何らの主張立証もないから、原告らのこの点に関する主張も前同様採用できない。

つぎに、原告らは、本件徳山ダム建設工事に関し、被告においては水特法八条に定める生活再建措置を事前に講ずべき義務があり、しかも右措置は憲法二九条に定める正当な補償に該当するというべきところ、これを尽さなかつた違法があり、かくては同法条により保障された正当な補償なくして財産権を喪失するという損害を被ると主張するので、以下この点について判断する。

水特法は、ダムまたは湖沼水位調節施設の建設により、その基礎条件が著しく変化する地域について生活環境、産業基盤等を整備し、あわせて湖沼の水質を保全するため、水源地域整備計画を策定し、その実施を推進する等特別の措置を講ずることにより関係住民の生活の安定と福祉の向上を図り、もつてダム及び湖沼水位調節施設の建設を促進し、水資源の開発と国土の保全に寄与することを目的とし(水特法一条)、同法四条、五条では、指定ダム等の建設により水源地域が受ける影響を緩和するため、水源地域整備計画の策定を、同法六条、七条では、右計画に基づく整備事業の実施を規定しており、同法八条において、指定ダム等の建設に伴い生活の基礎を失うこととなる者のための生活再建措置のあつせんについて規定している。ところで、憲法二九条三項にいう正当な補償とは、公共のために特定の私有財産を収用または使用されることによる損失補償であり、それはあらゆる意味で完全な補償を意味するものではなく、当該収用または使用を必要とする目的に照らし、社会的経済的見地から合理的と判断される程度の補償をいうと解すべきであり、本件において、ダム建設に伴い生活の基礎を失うことになる者についての補償も公共用地の取得に伴う一般の損失補償の場合と異ならず、あくまでも財産権の保障に由来する財産的損失に対する補償、すなわちその基本は金銭補償であり、本来これをもつて右にいう合理的な補償というべきであり、かつ、これをもつて足りるところ、これのみでは、財産権上の損失以外の社会的摩擦、生活上の不安も考えられるため、前記水特法の諸規定により、これらを緩和ないし軽減する配慮に出て、財産上の損失、補償とは別にとくに水特法八条において、生活再建措置のあつせん規定を定めたものであり、要するに右規定は関係住民の福祉のため、補償とは別個に、これを補完する意味において採られる行政措置であるにすぎないと解すべきである。すなわち、右生活再建措置のあつせんは、憲法二九条三項にいう正当な補償には含まれず、したがつて、これが懈怠による何らかの損害を観念し得るとしても、それをもつて、憲法二九条違反による損害といえず、無名抗告訴訟として本件ダム建設行為差止めの根拠となし得ない。この理は、水特法八条所定の生活再建措置のあつせんは、ダム建設を前提としながらも、水特法が右あつせんにつき個人の具体的事情に応じて、場合により長期にわたりなされる生活再建措置のあつせん努力のいかんをもつて、ダム建設自体を許さないとすることを予定しておらず、ダム建設の進捗自体とは別個の場面で考慮されると解されることに照らしても首肯することができる。以上の解釈は、また、同条にいう生活再建措置のあつせんの実践運用面を考慮しても是認し得るところである。すなわち、水特法八条が定める生活再建措置は、同条各号に列挙するところを見れば、土地の取得から職業訓練、さらには移住先の環境整備に至るまで広範囲かつ多岐にわたる内容を有するものであり(しかも、土地の取得ひとつをとつてみても、物件の捜索、資金の確保等様々の行為を必要とする。)、同条で義務が課せられている行為の対象は、具体的な法律上の義務にはなじまない包括的なものといわざるを得ず、また、その内容が多岐であることは、「あつせん」という行為についても同様であつて、何をもつてあつせんというのか一義的に解することは困難であり、生活の基礎を失うこととなる者の申出に基づき行なう生活再建措置のあつせんといつても、申出があつたからといつて、直ちにこれをそのまま履践できるものばかりではないのであつて、その申出の内容がそれ自体客観的に不可能である場合はもちろんのこと、たとえ申出のあつた行為そのものが必ずしも不可能とはいえなくとも、それによつては生活再建が困難と判断される場合にまでそのあつせんをすべきものとはいえないからである。しかも、あつせんは事柄の性質上第三者の介在を予定し(水特法八条は、同条の義務の主体が直接土地等を提供したり住民は雇用することを要求しているのではなく、第三者による土地の提供や雇用についてあつせんすることを規定している。)当事者間(関係住民と第三者)の合意の如何によつてその成否が決せられるものである上、広範囲多岐にわたる内容を有し、その性質からしても単に一関係機関のみの努力では、自ら限界があり、その目的を達し難い面もあるところから、同条では、あつせん努力義務の主体を関係行政機関の長、関係地方公共団体及び指定ダム等を建設する者等関係住民の生活再建のため尽力しうる立場のすべての機関とし、これら複数関係機関が協力して努力すべき旨を定めているのである。そして、以上の諸点からすると、あつせん努力義務はもともと法律上の義務にはなじまない性質を有するものといえるのであり、水特法八条の規定形式自体も「あつせんに努めるものとする。」と規定するに止まり、生活再建措置のあつせんが必ずしも申出のとおりには履践しがたいこと、あつせんという行為それ自体その成否の不確実性を内包するものであつて、その義務の限界をあつせんの努力義務に止めているものと解せられ、つまるところ、同条は憲法二九条にいう正当な補償を実現すべきための法律上の義務を規定したものではないといわざるを得ない。なお、<証拠>によれば、以上の解釈は国会における水特法の立法過程での審議における立法者の意思も、訓示規定であつて法律上の義務ではないこととされていることが認められることによつても明らかである。もつとも、右法文上、生活再建措置のあつせんがダム建設工事の事前の措置としては規定されておらず、これをなすべき時期についてもダム建設工事の開始若しくはダムの完成までになされなければならないという制限はないところ、あつせんの対象となる事柄如何によつては、生活再建措置の申出があつたときは、可及的速かにあつせん措置に出るのが望ましいが、ひつきよう行政上の努力義務である以上、右あつせんの時期如何をもつて、以上の判断を左右しない。

以上説示したところによれば、水特法八条に定める生活再建措置のあつせんとダム建設それ自体とは別個の問題であり、同条所定の義務は、関係行政機関の長、関係地方公共団体及び指定ダム等を建設する者等に課せられた行政的な責務を定めたにすぎず、結局その義務違反をもつて、原告らが主張する如き憲法二九条にいう正当な補償なくして財産権を喪失することには当らず、したがつて、あつせん義務懈怠の有無を問うまでもなく、その主張の如き回復しがたい損害があるとはいいがたい(右行政上の努力義務懈怠の場合、これにより原告らにとつて何らかの損害が考えられるとしても、前説示のとおりあつせん行為がダム建設自体とは別の場で考慮されるべきものであるから、努力義務の懈怠ひいてそれによる損害の有無を探究するまでもなく、本件ダム建設行為差止請求の根拠となし得ないことはもちろんである。)。

叙上によれば、原告らについては、徳山ダム建設により回復しがたい損害を被るとはいいがたいから、その余の点について判断するまでもなく、いわゆる無名抗告訴訟としてこれを許容し得るに由なく、本訴は不適法と断ぜざるを得ない。<以下、省略>

(菅本宣太郎 三宅俊一郎 水谷正俊)

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